西宮市社会福祉協議会

青葉園事業

重度障がい者の地域活動拠点「青葉園」とはこんなところです。

「青葉園」とは

 

兵庫県南東部、神戸と大阪の中間に位置する人口約48万の文教住宅都市、西宮市。この西宮市の真ん中に「青葉園」があります。非常に障害の重い人たちが、この「青葉園」に集い、地域での暮らしを拓いていくため、ここを拠点に活動を続けています。

 

 

「青葉園」は、西宮市独自の地域活動拠点(通所施設)として1981年に発足し、市からの運営費を受けて西宮市社会福祉協議会が運営しています。現在は、総合支援法のもと生活介護事業所を主とした地域活動拠点として、重い障害のある方と一緒に活動しています。通所者62人みんなが市内在住の市民で、年齢は18才~70才。ほとんどが「重症心身障害」といわれる障害の重い人たちです。職員は現在約50人です。

 

 

「青葉園」の活動は、一人ひとりの個性に応じた園での様々な日中活動(自己実現プログラム)や、家庭での介助が困難になってもずっと地域で暮らし続けていくための「自立プログラム」や、地域住民の一員としての社会参加を進めていく、「社会参画プログラム」等が展開されています。現在ではこれら3つのプログラムを柱とし、さらに、一人ひとりの健康維持・促進を図る活動も進めながら、重い障害をもつ人の「地域活動拠点」「地域自立生活拠点」として地域の中で活動を進めています。

「青葉園」のできるまで(設立経過)について

「青葉園」成立の経過は、市内の重い障害のある人たちやその家族がこの街で暮らしをきり拓いてきた活動展開の歴史そのものであるといえます。

 

「何とかこの西宮で必要な訓練を!」と保健所の療育相談の待合室から始まった、障害児の父母による就学前の通園訓練施設づくりの運動。そして年齢が進むにしたがって「どんなに障害が重くても学校に通いたい!」と就学運動に発展していきました。その結果、他市にさきがけて、1960年代後半から70年代の初めには、市内での肢体不自由児通園施設の設立や、重症児の学校教育保障が実現しました。

 

この経過が、やがて学校教育終了後の成人となった重い障害のある人たちの西宮市内での活動の場づくりにつながっていき、最重度の障害のある人たちの地域生活拠点を生み出していくこととなりました。

 

1970年代前半にはすでに、障害の重い養護学校卒業生のための親子での作業サ-クル的場から発展した作業と生活体験のセンタ-「作業グル-プ」や、さらに肢体障害が重く作業的活動の困難な卒業生のために社会教育の場として位置付けられた市教委による成人講座的集まり、「生活教室」。そしてまた、養護学校にも就学できず、家から一歩も出ることもなかった非常に重い障害の人達への家庭訪問活動から発展し、閉じこもらず、家から出て集まってみようと始まった「未就学在宅者のつどい」等の活動が生まれていました。

 

いずれも地域の中で生きていこうとする障がい者自身とその家族、そして教師、福祉関係者、ボランティア等、さまざまな人の尽力により作られてきたものです。こういった中で、これらの活動の場の、整備統合が西宮市により進められ、市からの運営費を得て、西宮市社会福祉協議会の運営として1981年に誕生したのが現在の「青葉園」です。

 

園が成立してからも、その成立にいたるまでの理念から、学校教育終了後、地域での活動の場がえられず、まったくの在宅状態になってしまう人がないよう、定員や通所年限を設けることなく、毎年最重度の養護学校卒業生を受け入れ続けてきました。

 

社会参画プログラム(地域社会参加活動)について

「どんなに障害が重くても住むまちの一員として共に暮らしていきたい」という思いから、いかに地域との継続的な関わりをつくり、広げて行くかを模索し、「地域社会参加活動」と称して、園通所者一人一人が自らの住むより近隣の町中で、活動を行うようになりました。

 

まずそれぞれの町の近隣に住む園通所者同志が、職員と共に週1日少人数で自分たちの町の公民館に集まり、散歩や買い物等の活動を町中で展開し、地域の人達と交流をもつミニ通所事業「青葉のつどい」を始めました。1982年から少しずつ広がってきた「つどい」は、現在5か所、各週1日の実施となっています。地元住民を中心に構成された地域運営委員会のもとで企画運営されていたり、共同農園を進めていたりと様々に活動が広がっています。

 

また、地域で暮らしていきたいという思いを地域の課題として受けとめてほしいとの願いから、パネル展や講座の開催等の活動も社会教育との連携のもとで行ってきました。地域での活動は、青葉園を運営する西宮市社会福祉協議会の支部・分区で、重度障がい者の地域生活問題が継続的に取り上げられるようになり、園への見学や研修会がもたれるようになってから、さらに発展をとげました。各支部・分区の役員を中心に、園通所者宅への家庭訪問や、障がい者の地域行事(地区運動会や盆踊り等)への参加支援が進められ、一日一緒に園で活動する「一日体験」や、それぞれの支部・分区内に居住する園通所者や父母を囲んでの地域の人たちによる地区懇談会や学習会、交流会が開かれる支部・分区もみられるようになりました。

 

また地域で園通所者と住民とが一体となってリサイクルサークルを組織し共に活動する「ぺったんこや」や「エコボラ活動」「ものづくり講座」など、様々な活動が展開されてきており、これらの活動を通じて、多くの地域の人たちが、園通所者一人ひとりと直接かかわりが広がってきています。そして重度障がい者のグループホームや地域生活支援体制についての論議も進められており、重い障害をもつ人と共に生きるまちづくりに向けての取り組みが始められようとしています。

自立プログラム(地域生活支援事業)について

「青葉園」での「活動」が進められる中で、一人ひとりの自立に向けての意欲も高まってきました。親の高齢化等により家庭での介護力もどんどん低下し、このまちでの暮らしを、地域自立生活を確立させて成り立たせていく必要が生じてきました。とりあえず、生活拠点である「青葉園」で園の支援スタッフと数日間宿泊する自立プログラム(「自立体験ステイ」)が1986年から実施されています。このプログラムを継続する中で、どんなに障害が重くても「必要な支援を得て自分らしく生きる」という「自立」を実感し、共に一人ひとりの必要な支援のあり方を見出し、創りだしていく展開の大きな力となっています。

 

さらに、こういった展開から生み出されたグループホーム(「あおば生活ホーム」ケアホームおよび自治体独自制度、地域生活支援事業、現在市内4ヶ所)でも、一人ひとりが生活主体者として暮らす場が、体験入居などを進めながらつくり出されてきました。(現在、ホームで暮らす人11人)また、自立体験室での体験プログラム等も取り組まれ、ホームヘルパー、ガイドヘルパーなど家族以外の介護人の支援を日常的に受け容れていくことも進んできました。介護人スタッフの募集や養成のプログラムが整備され、養成された介護人を中心に結成された介護支援組織(NPO「かめのすけ」)が支援費制度スタートを機に、居宅介護事業者となり、障がい者自立支援法後も、たいへん障害が重い人でも活用できる質の高い介護供給を続けられることを目指し事業を進めています。

 

そして、他の居宅支援事業所、さらに、地域住民による地区ボランティアセンターとも連携を持ち、共に障害の重い人たちの地域生活支援システムと言えるものが見え始めてきました。このようなシステムの中で、24時間の介護人派遣を得ての地域自立生活(一人暮らし)も相次いでいます。(現在、市営住宅やアパートで暮らす人8人)。こうして本人の意向が汲み取られ、重症心身障害の人たちの地域自立生活が進んでいき、本人中心の「支援の輪」が作られていったのです。

 

一方で、この様な暮らしのあり方が一人ひとりの自己選択によるものとしてしっかりと社会的に認知されるにはどうすれば良いのか、また、金銭管理やサービスの利用契約等の問題や、事故やトラブルに遭遇した際の不安等が高まってきました。こういった不安を一掃し、本人の意思に基づく地域自立生活を社会的に位置づけ守り、その基盤をより強固なものとするため、弁護士、司法書士、社会福祉士によって作られた、権利擁護支援を進める組織(NPO「PASネット」)との連携が進められました。現在では、成年後見制度の活用も含め、暮らしに根ざした権利擁護支援が実体化されてきつつあります。

 

とりわけ本人が言葉で意思表示ができない人の地域自立生活においては、さまざまな支援の関与による1人ひとりの「支援の輪」が本人中心に稼動していくことが極めて大切であり、権利擁護的関与も含め、どうしても一人ひとりについての支援の計画化が必要となりました。「青葉園」の「個人総合計画」づくりはもとより、支援費制度を控えて発足した相談支援センター(社協 障害者生活相談・支援センター「のまネット西宮」)でも頻回に関連事業者・機関の招集のもとで本人を囲み、個人支援会議を開き、「青葉園」からの「個人総合計画」を踏まえて「のまネット西宮」としての「個人支援計画」を作成し、モニタリングを続けています。本人の希望に基づき、主体を支援していく「本人の計画」と「支援の輪」を相談支援センターが権利擁護支援センター等とも連携し、常に本人中心に展開されるよう関与し続けておくことが大切となってきました。

自己実現プログラム(日中活動)について

園の一日は、職員がタクシーやリフト車をつかって通所者の家まで、迎えに行く通所送迎からスタ-トします。障害が重いゆえに、自力で通所することが出来ず、とじこめられてしまいがちになる人たちが、日々集まり、活動するためには、こうした体制が不可欠だと考えています。タクシーを利用する方法は、個別的対応がしやすい、時間的融通が利く、家の前まで迎えに行ける等利点が多く、園の立地条件からすれば経費的にも合理的です。

 

現在は一人平均週4~5日、1日40数人の人が通所し活動を進めています。

 

日常は、通所者・職員共に一人ひとりの活動展開の計画「個人総合計画」にもとづいて活動する体制をとっています。非常に障害が重く、言葉でのコミュニケーションが難しい人たちは、職員と1対1での体制をベースに、各々の個性や健康状態に応じた個人活動(体をとおしての活動、日光浴、入浴、創作活動等)や、ひとつのことにみんなで取り組む小集団活動(感覚活動、音楽・リズム、造形活動、季節行事的活動)を進めています。また何らかの方法で言葉による意思表示ができる人たちは、絵画、作詩、創作、リサイクル、パソコン、学習会、話し合い等の活動を、小集団ないしは個別的に進めています。また、青葉園とは別棟で、木工、牛乳パックからの再生ハガキ作りやエコ活動を進める「ななほし工房」も展開されてきました。

 

これら園内の活動に加え、車イスで積極的に街へ出ていく活動(買い物、散歩、外出、外食)を多くもち、通所者と職員のみの関係にとじこもらず、外へ広がっていくことを大切にしてきました。

 

日中活動の内容には模索を重ねてきましたが、狭い意味での「作業」や、「訓練」を中心にするのはなく、「市民」としての自己実現や、社会の一員としての活動を意識して取り組みを進めています。

健康維持・促進活動(医療支援活動)について

通所者のほとんどは日常的に医療的配慮を必要とする人ですが、医療機関への診療は、家庭のみでは十分に対応できないケースも多く、職員が診療に付き添いサポートする体制をとっています。隣接する障がい児者専門医療機関から派遣される嘱託医師と、家族との協力のもとに、通所者個々人の診療データを整理管理し、一人ひとりを中心に地域のかかりつけ医、障がい児者専門医療機関、そして入院できる総合病院とのつながりを相互により深めていき、地域で暮らしていくための医療支援をより確実に受けていけるよう、支援体制強化に努めてきました。

 

また、体の側わんや拘縮などの整形外科的な問題を持つ人や、緊張・痙性の強い人の健康維持・促進のために、日常の動作や姿勢についても、医師や訓練士からのアドバイスを日々得ています。

共生センター

ただいま準備中です。

「あおば福祉会」とはこんな団体です。

「あおば福祉会」は、生活ホームを設立・運営するために、青葉園に通所している人たちの父母が中心になり設立された任意団体です。
青葉園が発足して以来、地域で暮らしていこうとする重い障害をもつ園通所者やその父母の中で将来への不安が、日々話題にのぼっていました。そして「ずっと今のまま青葉園で活動を続けていきたい。このまちでくらし続けたい。西宮が好きやねん。」という切実な通所者本人の願いを受け、西宮市肢体不自由児者父母の会や西宮市社会福祉協議会の関係者の参画を得て、1992年発足したのがこの「あおば福祉会」です。
親が家庭での介護ができなくなっても、地域の一員としてこのまちでくらし続けられるよう、重度障がい者が必要な介助を得ながら生活の主人公として数人でくらす家「あおば生活ホーム」を設立・運営していくことを目的としています。

 

「あおば福祉会」

「あおば生活ホーム」とその歴史

1995年の阪神・淡路大震災では、市内戸田町に設立・運営していた第一号ホーム「あおば生活ホーム」を失いましたが、その直後に多くの支援の方々の手により仮設のプレハブホームが建設されました。現在も女性の入居者を中心とする「あおば生活ホーム」は、青葉園に隣接するこの仮設プレハブホームで活動を続けています。ホームでの毎日のくらしは、昼間は青葉園へ通所していますので、通所のない日と夕方から夜間がホームで過ごす時間となります。みんな成人ですので、食事と風呂の時間以外は自由に過ごしています。意思疎通の難しい人たちの生活の在り方や主体的な生活は?等々課題も多くあり、これまでの家での生活を参考にするなど、手探り状態でくらしを作っています。食事も毎日交替で職員が作っていますが、普通の食事では食べることが難しい人もいて日々の献立も課題の一つです。職員は男性4名・女性4名で、それぞれ男性用のホーム、女性用のホームを受け持っています。

「あおば戸田生活ホーム」

あの阪神・淡路大震災で倒壊し、その後多くの支援のもと仮設を建設してもらって運営しておりましたが、仮設の期限が到来したため、2000年秋、元の戸田町にマンションを借りて、女性ホームとしてスタートしました。
マンションの一室のため、障がい者が生活するには多くの苦労がありますが、入居者、職員一同がんばって生活しています。地域のボランティアも食事、買い物などの応援をいただいています。

「あおば鳴尾生活ホーム」

西宮市鳴尾町のマンションの2階にあります。1997年秋にスタートしました。このまちの一員として普通にくらしていきたいと願う、同じ地域に住む重度の障害をもつ人たちが、数人のグループで必要な介護を得ながら生活しています。

「あおば生活ホーム”俊”」

 

西宮市桜谷町の新築2階建ての1階部分にあります。設計段階から参加し、障がい者が生活することを考えて論議を重ねて、練りに練った新築ホームです。バリアフリー・プライバシーの保護・快適な住環境、全部屋個室は当然です。

 

詳しくは、あおば福祉会のホームページ(http://www.d4.dion.ne.jp/~a5452313)へ

青葉園関連・参考文献

 

■定藤丈弘「ホームグループ活動-地域巻き込み型・青葉園-」 定藤丈弘・谷口正隆編著『障害者のホームライフ-グループホーム-』朝日新聞厚生文化事業団 1991年

 

■藤本栄美子「コミュニケーションの取れない人と自立を考える時」 『自立生活NOW1992年』第3回自立生活問題研究全国集会実行委員会 1992年

 

■清水明彦・寺谷富和・桑村忠延「重い障害の人たちの地域での豊かな暮らしをめざして-西宮市社会福祉協議会・『青葉園』の実践-」 『地域福祉活動研究第10号』兵庫県社会福祉協議会 1993年

 

■定藤丈弘「日本的ノーマライゼーションの課題-重度肢体不自由者通諸施設『青葉園』の実践を通して-」 定藤丈弘・岡本栄一・北野誠一編著『自立生活の思想と展望-福祉のまちづくりと新しい地域福祉の創造をめざして-ミネルバァ書房 1993年

 

■定藤丈弘・北野誠一・武田祐子・清水明彦・障害者とともにあゆむ地域福祉活動事例集作成委員会「障害者とともにあゆむ地域福祉活動事例集」大阪府社会福祉協議会1994年

 

■清水明彦「重い障害の人たちのグループホームから」 『障害者の福祉 1994年 7月号』 日本リハビリテーション協会 1994年

 

■武田祐子「福祉施設社会化の新たな展開と今後の役割-障害者福祉施設の社会化の展開を中心に-」 『地域福祉活動研究第12号』兵庫県社会福祉協議会 1995年

 

■清水明彦「重度障害者の地域生活援助」 村井潤一編著『障害児臨床と発達研究』コレール社 1995年

 

■清水明彦「地域生活支援の確立に向けて新たなる出発(上)(下)-震災後の重度障害者施設『青葉園』からの報告-」 『厚生福祉第4393・4394号』時事通信社 1995年

 

■福祉機器・住宅研究会編『仮設ホームができた-あおば生活ホーム建設報告書-』朝日新聞厚生文化事業団 1995年

 

■清水明彦「通諸施設を母体にグループホームづくり」 松友了編厚生省児童仮定局障害福祉課監修『障害の重い人の暮らし-相談ハンドブックシリーズ⑤-』全日本手をつなぐ育成会 1995年

 

■定藤丈弘「地域福祉理念の新展開-当事者主体の論構築をめざして- 地域福祉援助技術の基本的課題」 右田紀久恵編著『地域福祉総合化への途-家族・国際化の視点を踏まえて-』ミネルバァ書房 1995年

 

■定藤丈弘・北野誠一「障害者福祉実践の課題と展望」 定藤丈弘・佐藤久夫・北野誠一編著『現代の障害者福祉』有斐閣 1996年

 

■岩宮冬樹「最重度障害者の地域医療コーディネート-青葉園の健康・医療に対する実践から-」 『地域福祉研究NO.24』日本生命済生会福祉事業部 1996年

 

■清水明彦「重い障害のある人の地域での生活の確立に向けて-西宮市「青葉園」の活動報告-」 厚生省大臣官房障害保健福祉部障害福祉課監修『地域で暮らす-精神薄弱者の地域生活援助』中央法規 1997年

 

■清水明彦「障害の重い人たちの地域生活の拠点-西宮市社会福祉協議会「青葉園」の状況報告-」『ノーマライゼーション1997年 9月号』日本障害者リハビリテーション協会 1997年

 

■小西正三監修 定藤丈弘・清水明彦編著『このまちにくらしたい-重度障害者の地域生活支援システム-』朝日新聞厚生文化事業団 1997年

 

■北野誠一・石田易司・大熊由紀子・里見賢 治編『障害者の機会平等と自立生活ー定藤丈弘 その福祉と世界ー』明石書店 1999年

 

■清水明彦「2重度障害者が地域で暮らす」 一番ヶ瀬康子・河東田博編『障害者と福祉文化』日本福祉文化学会 明石書店 2001年

 

■北野誠一「重い障害をもつ人たちの地域自立生活支援ーその基本理念と実現の方策ー」『療育の窓No.131』全国心身障害児福祉財団 2005年

 

■清水明彦「重い障害のある市民がすすめるノーマライゼーションのまちづくりー西宮市における重度障害者の地域生活支援の状況ー」『療育の窓No.131』全国心身障害児福祉財団 2005年

 

■岩井義樹「社会福祉制度発達史と生活支援への実践課程研究ーわかば園、青葉園の実践モデル形成の史的考察ー」『市史研究にしのみや第6号』西宮市情報公開室 2005年

 

■藤井博志「クローズアップ社協活動地区福祉計画を基盤とした社協活動ー兵庫県・西宮市社会福祉協議会ー」『月間福祉 2008年9月号』全国社会福祉協議会 2008年

 

■清水明彦「一人ひとりの存在の価値ー障害者自立支援法を超えてー」『福祉文化研究2008.Vol.17』日本福祉文化学会 2008年

 

■竹田美文「一人ひとりが自分らしく輝くまちづくり」『深めようレクリエーションー障害者の「生きる喜び」活動支援事例集ー』日本障害者リハビリテーション協会 2009年

 

■清水明彦「私はここに居ますーちえさんの自立物語ー」PASネット編『権利擁護で暮らしを支える』ミネルヴァ書房 2009年

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